空転日記

「はばかりながら はばかる」 ぢっと手を見る

子供を作らないのは国のせい?

小学生のころ「ドーナツ化現象」という言葉を学んだ。
都市化が進み都市の外周に人口が集中して人口の分布図がドーナツのようになる現象である。郊外にベットタウンができて、人口はどんどん増えてドーナツは大きくなり、通勤時間はより長くなるだろうと言われていた。

ところがどっこい今の日本は少子化である。予測は大はずれである。

80年代に立てられていた予測は結構外れている。人口爆発は起きていないし、石油はなくならないし、車は空を飛ばないし、道路はチューブになっていない。

一昔前にDINKSなる言葉が流行った。ダブル・インカム・ノー・キッズという意味である。結婚しても子供を作らず共働きで稼ぎ、豊かでお洒落な生活を楽しもうというライフスタイル。

ナウなヤングにとって子育てはダサかったのである。その頃は近い将来、少子化が問題になるなんて考えもしなかったに違いない。無責任なものだ。

さて現在はどうか。子供欲しい派いらない派ではっきりと二極化しているように見える。

子供欲しい派は仕事と子育てを両立できることを「リア充」とみなして憧れている。

知り合いの女性は「結婚したい。子供欲しい」が口癖で、婚活サイトに登録しついには婚活シェアハウスに入居した。それにしても、婚活シェアハウス、すごいパワーワードである

いらない派の理由は、子供にはお金がかかる、結婚が面倒くさい、などのネガティブな理由ばかりではないだろう。

1人が楽しいのである。スマートフォン略せばスマフォにエンタメが詰まっているから。お色気エロエロ動画だって見放題である。わざわざ出会いを求めたりしなくても「リア充」なんである。

そもそも国に子供作りなさいと言われて「ハイわかりました」となるわけない。

政府が少子化対策しても、なーんも変わらない。そもそも産めよ増やせよって戦時中かい!

 

 

 

ミスコン廃止ではなくブスコンやれ

大学などで行われるミスコンが批判されている。
人を顔で判断する「ルッキズム」でありケシカランということらしい。顔よりも内面が大事という意見は間違いじゃないと思うが、外見で人を判断したっていいのではないか。

なにしろ人の内面を評価することはむずかしい。そんなもの他人には分からない。なにしろ自分自身でさえ自分の内面が分かっていない。朝起きた時にはCoCo壱の5辛が食べたかったのなぜかコンビニにいってペヤングの大盛りを買っている。以前食べた時に途中で飽きたのでもう食わないと誓ったはずではないのか。そして予想通り飽きる。デジャブーだ。なぜなんだぜオレ。自分自身さえこの体たらくなのに他人の内面なんて判断できるか。

人の内面なんてわからないので結局、マサツーセッチュなんとか大学出身ですとか、重要無形文化財ですとか宇宙から来ましたとかいう、客観的なもので判断するしかなく、それこそ権威主義になってしまう。
いっそブスを集めて心の清らかさを競わせたらどうか。カルト宗教みたいでおもしろいじゃないか。その価値観を認めよう。よって外見で人を判断する価値観も認めて欲しい。多様性を崇めたまえ
そもそもミスコンが嫌なら参加したり関わったりしなければ良い。あなたはあなたわたしはわたし

人間を判断するのは外見も内面も大事である。顔が美しい女性(男性)に一目惚れし、結婚した後で内面が分かり、離婚したりすることが人生のドラマではないか。人生なんてギャンブルである。
ちなにみ僕は離婚経験者なのでさほど内面は重視せず、キレイなおねいさんが好きです。ハイ。もう内面には深入りしないので。
しかしなかなかキレイなおねいさんとお近づきになる機会もない。
外見で判断するなよ!!

 

 

渋谷駅ダンジョン計画

井の頭線に乗って渋谷へ行った。
改札を出ると右側に岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」が展示されている。長さ30メートル高さ5メートルというからすごい大きさである。核兵器が炸裂する瞬間を描いた禍々しい作品であり隅に第五福竜丸も描かれている。まさに芸術は爆発であり、その前衛的な芸術の前を普通の通勤客が気にも留めずに歩いてゆく光景は異様である

その向かいは窓が大きく取られ、渋谷のスクランブル交差点を一望できる。
ハロウィンやサッカーの代表戦の際は、喧騒と混乱と不思議な秩序を目の当たりにする。その光景も異様である

コロナで観光客は激減したがかつては外国人観光客がその空間に佇み、岡本太郎の
壁画の写真を撮り、後ろを向いてはスクランブル交差点の写真を撮る、その間を日本人が何の関心もなく通り過ぎてゆくというオークールジャパンな感じであった。
こういうわけの分からない感じが好きである。

さて渋谷駅は変貌を遂げつつある。埼京線ホームは移動して大変近くなった。東急東横店も閉店し再開発するらしい。まさか便利になろうとしているんじゃないだろうな

かつて東急東横線が地下化し、ものすごく不便になった。距離も遠くなり、地下は案内版の類が多すぎかえって分からないという状況。しかしその妨害イベントに負けず乗車に成功したときの感動は忘れられない。

不便や分かりにくさは人を活性化する。バリアフリーになれてしまうとちょっとした段差で躓いてしまう。不便な駅がひとつぐらいあってもいいじゃないか

渋谷駅をダンジョン化せよ。埼京線のホームをまた遠ざけよ

現在、旧東急東横店は開発中のため、巨大壁画「明日の神話」の下の壁を通してJR方面に行くルートが仮設されている。民衆が「明日の神話」の下に吸い込まれてゆく格好である。実に惜しい
「明日の神話」のど真ん中に穴を穿ち階段を通し民衆を往来させるのだ。オークールジャパンである。岡本太郎も天国で喜ぶと思う。