空転日記

はばかりながら はばかる

分身ロボットカフェについて考えた

重度障害者の就労実現のための社会実験として日本財団やオリィ研究所が企画した「分身ロボットカフェ」が期間限定で開店した。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者などが、自宅からロボットを遠隔操作してカフェ店員となり接客するというものだ。

ロボットを製作したオリィ研究所の吉藤健太朗氏は自身の引きこもり体験から「孤独の解消」を研究のテーマに掲げている。人間の行いをロボットに代替させることで、あらゆる人の社会参加を促すのだそうだ。

NHKニュースの特集では重度のALS患者がパソコンを前にロボットの操作や客とのコミュニケーションに苦労しながら「働く」姿が映されていた。ALS患者は知能やコミュニケーション能力には問題ないので知的労働は十分にできる。「分身ロボット」は肉体労働や人的交流など今まで出来なかったことが遠隔操作ではあるが体験できる。

専用ロボット「Orihime-D」は軽量なものをつかんで運ぶことができる程度でまだ実用には適さない。しかし分身ロボットは障害者に選択肢を運んでくれるものだ。

取り組みの意義は認めつつ思うところがある。社会制度やテクノロジーの進歩は障害者が働かなくて済むようにする為のものではないのか。障害者を働かせるためのテクノロジーでは本末転倒ではないか。そんなに労働や社会参加は重要なのかと疑問だ。さらにはこのような形でも働けない障害者を傷つけることにならないか。

そのうち引きこもりの生徒が分身ロボットを使って授業を受けたりするかもしれないし、登山や旅行も分身ロボットでとなるかもしれない。かえって人間関係がドライで希薄なものになるんじゃないかと思う。

本当に豊かな共生社会とは、技術で障害をないことにすることではなく、障害を認めて向き合い、どうしても社会参加できない人はそのままに受け入れて、助け合える社会ではないかと考える。