空転日記

はばかりながら はばかる

みんな働きすぎ

生きるためには働いて稼がにゃならならぬ。

お金がなけりゃ何もできない。飯も食えなきゃ子どもを大学に行かせることもできないし、NHK受信料も払えない。働かなきゃいけない人は働かなきゃいけない。あたりまえだ。

でも働かなくてもいい人が働こうとしていないか?

旦那に十分な稼ぎがあっても、主婦は子どもを保育園に入れて働こうとする。専業主婦で安住してはいけないようだ。みんなでそういうふうに保育園に申しこんだら待機児童は減らないし、本当に保育園を必要としている人が気の毒だ。

昔は子どもがある程度まで大きくなるまで母親は育児に専念した。そういうもんだった。多少貧乏でもあたりまえのこととして耐えた。今の時代においては、それがいいとは言えない。ただ産めよ増やせよ働けって、戦時中のスローガンじゃないか。オリンピックのボランティアの募集を国家総動員法と皮肉る人がいるが、すでに世の中そうなっているじゃないか。働きすぎなんである。

考えてみれば、みんなで働いたら1人分の取り分は減る。給料が上がるわけがない。結果的に安価な労働力を大量に社会に提供しているのだよ。それを誰も言わないのはなぜなんだろう。

昔は大手のサラリーマンでも、結婚生活は六畳一間の風呂なしアパートから始めていた。今は共働きでそこそこ稼ぐ。若い家族も1台づつスマートフォンもって、小綺麗な家に住んで、でかいのにミニバンと呼ばれる車に乗っている。フリーターだって風呂付アパートに住んでいる。生活保護もらっても恥じゃない。金がないといっても落ちている1円玉を拾う人はいない。

本当の貧乏はなくなった。

引き換えに多様性のない社会主義国のようになった。かえって貧乏くさい気がする。