空転日記

はばかりながら はばかる

AIは「真空チューブを走る車」

都市ではロボットが働き、建物はどんどん高層化し、車輪のない車が建物同士を繋がれた真空チューブの中を高速で移動する。人間は煩わしい労働や雑用から解放され、快適な都市を維持するシステムを監視し、研究や芸術などの知的労働に専念できる。子供の頃、未来はこんな「スマート」な社会になると夢見ていた。
そして2018年、アトムもドラえもんもいないし車のタイヤもまだあるし電車も線路を走っている。炊飯器の水加減を気にし、決められた日にゴミを出し、洗濯物は自分で畳む。来るべき未来は来なかった。例外はスマートフォンぐらいか。
   さて人間も社会もそれほど変わることはなさそうだ。でも変わらなきゃスマートじゃないと考える人はいて、無理してヘンなものを作り広めようとする。AI(人工知能)もそうである。
    感情認識機能付きロボットというものがある。あの目が笑っていない奴だ。機械の分際で人間様の感情が分かるなんて、バカにするんじゃない。だいたい人間だって他人の気持ちなんて分からない。ていうか自分の気持ちすら分からない。ロボットに人間の気持ちなんて分かってたまるか。それに「お客様は何名ですか?」って、まずこっち見ろ。その忍者ハットリ君の弟(名前忘れた)と同じような目は節穴かあ。  
  僕はiPhoneユーザーだが音声認識機能は使っていない。iPhoneを買ってすぐ「おSiri様」は切ったままで、試しに使ったことすらない。役にたたず時間の無駄だからだ。しかし開発した人に失礼なので「様」をつけて呼んでいる。そんな僕の気遣いも機械は認識しない。単純な音声認識だってひどいシロモノなのにAIなんてまだまだ無理に決まっている。
 スマートスピーカーも抵抗がある。声かけするのが恥ずかしいし、続けて「今日のメロウな気分に合わせたアンビバレントなヨーデルをかけて」などとスピーカーごときに頭を下げて頼まねばならない。しかも論理的で正しい文章で言わないと伝わらないらしい。
 AIなんてまだまだ発展途上で使えない。かつて夢見た「真空チューブを走る車」と一緒で不合理なものだ。便利だと思って実現しようとすると、かえって不便なことになる。今までも様々な新しい技術が生まれては消えていった。AIもそのうちの一つにしか思えない。