空転日記

はばかりながら はばかる

東京に黄色い粉が降った日

夢のエネルギー

鉄腕アトムは原子力で動き、妹の名はウラン。ガンダムも核融合炉を動力源としている。原子力は夢のエネルギーだった。幼いころ読んだ科学本には、未来では船も飛行機も宇宙船も原子力で動くようになると書かれていたのを覚えている。

近い将来石油はなくなり人口は増え続け、人類は危機に直面することになるから原子力に頼らなければいけないとメディアは伝えていた。スリーマイル島やチェルノブイリで事故はあったが、日本の原発は安心だという神話もあった。

日本の原発を推進したのはアメリカの影響や圧力が大きい。1950年代に原子力発電導入に尽力した1人は読売新聞の正力松太郎である。正力は戦犯で不起訴となり、以降アメリカの協力者として、プロ野球、テレビ放送、そして原子力発電の振興に協力した。今でも読売新聞は原発推進である。そういうメディアである。

原子炉は湯を沸かす装置だ。そこで湯を沸かし蒸気でタービンを回し発電する。アトムのようなロボットに搭載できるのものではない。ガンダムも無理がある。人間はたかが湯を沸かす装置に夢をみて、しかも世界中に造ってしまったのである。

黄色い粉が降った

福島原発事故の後、東京に黄色い粉が降った。うちのマンションの外廊下の隅に黄色い粉がうっすらと積もっていたのを覚えている。テレビでは花粉が多く飛んでいるからと説明していたが信じられない。東京で花粉が積もるほど飛散するなんてことは経験がない。これは福島原発から飛んできた放射性物質だと思った。

福島原発は水蒸気爆発を起こしたのではない。早々にメルトダウンし臨界を経て核爆発を起こしたのだ。キノコ雲があがったじゃないか。今でもそう思っている。ネットで調べると核爆発説はやはりあり、黄色い粉はウランであるという説がある。ネットの情報が正しいのかは分からないが、事故直後に感じた自分の感覚は正しいと信じる。

これからどうする

僕が生まれたときにはもう原発はあり造ったのは親の世代である。その世代が、原発を推進する政治家、メディア、経済界を結果的に支持したから原発はできた。「だまされた」とか「間違いだった」という意見は、今だから言える後出しジャンケンだ。僕も当時生きていたら賛成したと思う。

原発の再稼動も反対だが、立地自治体の死活問題といわれると困ってしまう。原発に変わる産業を作ればいいんだなんて、地方の事情を知らない無責任な物言いかもしれないからだ。

さて東京にも黄色い粉が降り、すでに放射性物質と共存している。そして原発保有国が全力で廃炉を進めても、世界各地にある原発内のウランやプルトニウムをなくすことは出来ない。そこに廃棄物も加わり、それらとずっと共存するしかない。人類は後戻りできない道を進んでしまったのだ。永久に続く果てしない作業となるが、英知とたゆまぬ努力でゆっくりと原発をなくしていかなければならない。それができるはずだと信じることが人間の価値となると思う。

蛇足だが、政治運動とリンクした原理主義的な反原発運動はかえって反発を招き、原発推進論者に余計な力を与えるのでやめたほうがいい。本当に原発をなくしたいのか疑わしいが。