空転日記

はばかりながら はばかる

若者が保守化している?いや新国粋主義だ

まもなく改元

神戸新聞によるインターネット上のアンケートによると、若い世代でも元号への親近感を示しているという。

元号を必要と考えるのは、60代は4割、50代は5割なのに対し、10~30代は6~7割程度と、若い世代のほうが多い。

記事では若者が元号を支持する傾向にあることに「天皇制に詳しい」名古屋大大学院の河西秀哉準教授の意見を掲載している。 

河西惇教授は、若い世代は「自分の生きてきた時代を平成とイコールでみている」と指摘する。

なんだかよくわからない分析である。自分の生きてきた時代の名称になじみがあるのは当たり前ではないか。明治だって大正だって昭和だってみんな思い入れをもって過ごし、振り返るものだ。

そして「若い人ほど安定を好む傾向があり、その象徴の両陛下と元号を結び付けているのでは」と続く。

安定を好むのであればむしろ西暦を支持するはずだし、安定の象徴である両陛下と元号を結び付けているというのもよく分からない。天皇制と元号の関係を指摘したいだけにみえる。もちろん元号と天皇制はイコールと言えるほどの関係があったが、現在の象徴天皇制では間接的な関わりしかない。

メディアの意見はみんなこんなもので、要は「若者が保守化している」と言いたいだけである。これは安倍政権を支持する若者が多いことに対する説明と同じで、深く考えているものではない。

 

なぜ若者は元号を支持するのか?

確かに西暦のほうが合理的であり、役所などでは西暦で統一したほうがいい。

しかしそれとは別に、若者には日本の伝統という「無駄」を楽しむ余裕があるのだ。「改元、面白いじゃん」ということである。もちろん改元を一種のお祭りとしてSNSで共有し楽しむこともあるだろう。

最近の若者はあえていえば「」である。それに比べると、「合理的じゃない」とか「天皇制がどーたら」とは「国家が時間を支配するのか」などと騒ぐ輩は「野暮」である。

 かつて明治政府は急速に西洋文化を導入し欧化主義を推進した。

極端なやり方に反対する当時の文化人たちが、日本本来の長所や特徴を重視し、西洋文明は日本の発展のため選択的に取り入れるのが良いと主張した。

これが「国粋主義」の起源である。最初は排外的な意味はなかったのである。

その後、昭和の戦争の時代には国粋主義はファッショ的イデオロギーに変質して行くが。

 

若者は政治的に保守化してはいない。政治も元号もライフスタイルも、日本と西洋の面白いところ、良いところを自然に受け入れ楽しんでいるだけだ。

アップル製のスマートフォンを使いこなしSNSで改元イベントを楽しむ柔軟さがある。これは「新国粋主義」である。