久しぶりのブログ更新である。
職場が異動となり、3月の終わりから4月にかけて多忙を極め、ブログを書く余裕はなかったのである。やっと仕事も落ち着き、一息つくことができた。
新元号が発表されたが、落ち着いて情報にふれることもできず、統一地方選挙にいたっては気がついたら終わっており、投票に行く余裕もなかったという有様。
わが区の左派区長は再選されており何も変わらない。そういえば、この左派の元政治家が自民党系に代わり区長になった時も何も変わらなかった。
ひと月近く、過酷でブラックな、「下級国民」といえる状況であったが充実感はあって、働くことはきらいではないのだなあと気づくこの頃である。そして少なくとも必要とされている。「上級国民」ではないが。
池袋で死者2名、負傷者8名を出した痛ましい自動車暴走事故があった。そして自動車を運転していたのは 旧通商産業省工業技術院院長で各種団体・企業の重役を歴任したという人物である。
現行犯逮捕されず、けがの回復を待って任意の事情聴取を行うことになり、報道でも「さん」付けで呼ばれたため、「元官僚だから特別扱いされている」とか「忖度されている」などと話題になっている。
メディアや検察は建前上、特別扱いや忖度を否定している。
しかしだ、もし塗装工や解体工が同じ事故を起こしていたら彼らの対応はまったく違ったものになっていたはずだ。
「上級国民」や「下級国民」といった差別や区別はある。歴然とある。建前上見えないことにしているだけだ。そして当然職業にも貴賎はある。
回収に出されている空缶を集めて小銭を得ている乞食の仕事は、卑しいものである。
一生懸命勉強して優秀な大学を出て官僚となり、世の中に尽くし、退職後は天下り先が約束されている人たちがなしたことは、乞食の仕事と比べれば尊いものである。
差別を見ないことにしているから、ねたみや僻みが目立つのである。「職業に貴賎はない」などというのは大噓である。
イギリスにはまだ貴族がいるし、酒場なんかも労働者が行くところと金持ちが行くところははっきり区別されている。
アメリカでは南部の田舎街に生まれた黒人が社会的成功を収めることはありえない。
日本はどちらかといえば差別は少ない。だから「上級か下級か」といった、どうでもいいことが話題になるのである。
蛇足だが、今回のような暴走事故を起こすのはプリウスが多いような気がする。車の側にもなにか問題があるのではと想像してしまう。まあ下級国民には買えない高価な車に欠陥があるとも考えにくいが。