空転日記

「はばかりながら はばかる」 常識人なんですが人からは変わっていると言われる ぢっと手を見る

佐野元春はつまらない大人になったのか?なぜ評価が低いのか?

NHKのSONGSに佐野元春が出演していた。佐野元春の40年来のファンという武田真一アナウンサーがインタビュアーとなり、静かに熱い佐野の現在の言葉が伝えられ、3曲演奏された。
僕も佐野元春にはまったクチである。武田真一アナの佐野に対する思いには大いに共感したし、当時を懐かしく思い出した。

僕が佐野を知ったのは高校1年の時である。
アルバイトしてを金を貯めCDラジカセ買いに秋葉原に行ったのだ。CDラジカセを買ったはいいが、CDを持っていない。レコード屋に寄りCDを買った。それが佐野元春の「カフェ・ボヘミア」だったのである。
実は佐野元春のことは良く知らなかった。当時BOOWYが大人気だったので、そんなものに興味はなく、「お、人と違うね」と言われたい気持ちがあり、ちょいと背伸びして佐野元春を手に取ったのである。なんとなく佐野を聞いていると頭よさそうに見える気がしたのだ。そして金のない高校生なので他のCDを買えず「カフェ・ボヘミア」をやたらと繰り返し聴くこととなる。
その後「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」が発売された。「カフェ・ボヘミア」を中心として過去作品に遡ったり新しい作品を手に取ったりとなかなか贅沢な体験であった。

80~90年代の佐野元春はエピックソニーの親分的存在であった。「SWEET16」「FRUITS」と傑作アルバムを出し続け、まさに黄金期であった。

しかし2000年代に入って佐野は失速したように見える。加齢による声質の変化もあり、昔の曲は歌い方を変えている。パワフルで自在なシャウトはもう聴くことはできない。
しかし楽曲やメッセージ、うねるようなバンドサウンドは聞き応え十分である。

初期の曲「ガラスのジェネレーション」で「つまらない大人にはなりたくない」と歌っていた佐野はまだまだ現在進行形の若々しいエモーションを持ったミュージシャンであり、つまらない大人にはなっていない。

なぜ現在の佐野元春は評価が低いのか。
2000年代初頭に巻き起こったCCCD(コピーコントロールCD)騒動に原因のひとつがあると考える。CCCDは大手のレコード会社が音楽CDのデジタルコピーを防ぐための規格として開発されたものだ。音質が低下する、CDプレーヤーによって不具合が生じる、パソコンへのコピーを完全には防げないなど、問題だらけの規格だった。
大手のレコード会社が見切り発車的に導入を進め、一部のミュージシャンが反対の声を上げた。佐野元春もCCCDの問題は認識していたはずである。CCCD規格のシングル盤のリリースを行ったが、その後アルバムなどは通常のCD規格であった。それについて佐野元春からの声明はなかった。レコード会社に声を上げない佐野元春に少なくないファンが失望しただろう。長年苦楽を共にしてきたレコード会社に対して気をつかったのだろうし、itunesの台頭に対する危機感は佐野も感じていただろう。

その後、CCCDをめぐりエピックレコードと関係が悪化し佐野元春は独立し独自レーベルを作る。実質インディーズになったのだ。これがCCCD問題に対する佐野の最終的な解答だと思う。

インディーズでは活動は地味になるしプロモーションも困難である。大手のレコード会社の後ろ盾がなければメディア等の評価も低くなる。もしCCCDの問題がなければ佐野元春はいまだにエピックレコードに所属し、大御所ミュージシャン然としていたかもしれない。

僕は今の佐野元春のほうが好きだ。つまらない大人じゃないから。