射手座の魂

はばかりながら はばかる

ここまできたらオリンピック楽しもうよ

なんだかんだでオリンピックが開催される。開催の是非や有観客の是非、あのキャラや「被る日笠どうなのよ問題」などがモヤモヤしたままである。

オリンピックのような巨大イベントが簡単に止められるはずもなく、なし崩し的に始まる感はある。そしてオリンピックは商業主義に走りすぎた。ちょいと立ち止まる時期なのだ。

そこであえてオリンピックの開催を支持したい。この珍妙なスポーツイベントを新型コロナ禍であえて行い世界に問うのだ。これは本当に必要かと。

走り高跳びは分かる。しかし棒高跳びってなに?何故棒を使ってまで飛びたいの?なにが目的なのか分からない。

砲丸投げは分かる。しかし円盤投げは理解できない。そもそも人類はなぜ円盤投げを始めたんだろう。選手には円盤投げ選手になろうと思ったキッカケを教えていただきたい。おそらく常人には分からない深い理由があるに違いない。

シンクロナイズドスイミング(アーティスティックスイミング)に至ってはほぼギャグである。登場してスタート位置に着くまでの挙動からして笑いをとりに行っているじゃないか。

水中で逆さまになってジタバタしているとき、ふと「何のためにこんな大変なことをしてるんだろう」と選手は自問自答し、葛藤に苛まれているに違いない。

野球も変である。なぜ監督も選手と同じユニフォームを着ているんだろう。ラグビーもサッカーも監督はスーツやスポーツウエアなど思い思いの格好をしている。だって選手じゃないもん。野球だけ監督もコーチもおんなじユニフォームなのだ。

かくのごとく珍妙な競技のオンパレードである。ここは一つ商業主義に膨れ上がり肥大化したオリンピックを見つめ直す良い機会と考えてはどうだろうか。

そのためには開催しないとね。