久しぶりに本を手に取った。佐藤賢一「最終飛行」である。
佐藤賢一の本は多少読んでいる。中世ヨーロッパを舞台にした「傭兵ピエール」「双頭の鷲」「王妃の離婚」「カルチェ・ラタン」「二人のガスコン」、禁酒法時代のアメリカを舞台にした「カポネ」など。結構読んでいるじゃないか。読書家かよ。
佐藤賢一の小説は、史実を基にした濃厚な人物描写が特徴で、歴史上の人物を生き生きと描き出すのが魅力である。
さて「最終飛行」を本屋で見かけたとき、まず、異形の双発の航空機が太陽に向って旋回している青を基調とした美しい装丁に心を奪われた。航空機はP-38ライトニングか。裏表紙には浜辺に咲く1本のバラ。「星の王子さま」で知られるサン=テグジュペリの半生を描いた小説であるという。
飛行機好きとしては買わねばならぬ。エリア88世代なので好きな戦闘機はF-20タイガーシャークです。
「星の王子さま」は内容はなんだかよく分からないが心が洗われるファンタジーであり、純粋さを失った大人は読みなさいという圧力を感じる作品である。
名言のオンパレードでもある。
「大切なものは目に見えない」
「人間たちはもう時間がなくなりすぎてほんとうには、なにも知ることができないでいる」
なんとも使い勝手のいい言葉たちである。
サン=テグジュペリのイメージも、繊細で寡黙で苦悩する文学青年といったところか。軍人でもあった飛行士であるというのもミステリアスなイメージをマシマシにする。
ところが小説を読んでみるとサン=テグジュペリのなんとなく共有されているイメージは見事に崩れる。
愛する国フランスはナチス・ドイツに蹂躙され国は分断する。本国をはなれイギリスに拠点をおくド・ゴール暫定政権と植民地である北アフリカに置かれるヴィシー政府。
その狭間にあって超愛国者のサン=テグジュぺリは苦悩し、政治家よろしく立ち回る。
まず性格が社交的でいいかげん、おまけに自己顕示欲がすごく強い。見た目も身長が190cmある大男である。繊細な文学青年サン=テグジュペリよ、さようなら。
そして「星の王子さま」である。汚れきった大人たちに捧げるファンタジー作品という一般的な評価があるが、違う説もある。第二次世界大戦で分断したフランスを憂うメッセージが込められているというのだ。
●作中で書かれる小さな星に根を張る「三本のバオバブの木」はドイツ・フランス・日本の枢軸国をあらわしている。
●王子さまが様々な星をめぐりである人達は、分断したフランスの指導者や国民を象徴している。
●王子さまの星に生える「1本のバラ」はフランスに残した妻「コンスエロ」のことである。
サン=テグジュペリの妻「コンスエロ」との関係も不思議である。忙しく動き回るサン=テグジュペリはほとんどコンスエロと別居状態で、なにしろお互いに愛人もいるのである。
アメリカに亡命した際にもフランス語を解さない愛人がいたという。サン=テグジュペリは英語を話さなかったというからよくコミュニケーションが取れたもんだと思う。
それにモテモテでギラギラしているのである。
史実に忠実に書いているとはいえ小説であるので、佐藤賢一の創作部分もあるだろうが、とてもその姿は生き生きとしてリアルである。そしてこんな人が友達だったら嫌だ。付き合いきれん。
今まで騙されていたぜ。まあ勝手に勘違いしていただけなのだが。