夏である。
原爆の日や終戦記念日などがあり、知りもしない戦争を知りもしない人達が語り継ぐ。(終戦記念日は本来「停戦」記念日と呼ぶのが正しいのだけど)
そして戦争といえば高校野球である。
ゲートルを履き、坊主頭で灼熱の太陽のもと、指揮官に絶対服従の消耗線を強いられる。アウトは「死」である。送りバントは自らの命を犠牲にして勝利を目指す特攻作戦である。
勝利は指揮官や親や学校の伝統のため。勝者を讃えるグッドルーザーはいない。敗戦はすなわち死であるからだ。
しかもこの軍隊腐敗しているようだ。ひどい暴力事件が世の中を騒がせている。
大本営(高野連)はそんなことどこ吹く風である。一体化している新聞社とプロパガンダを垂れ流し放題。
高校野球は戦争を奪われた日本人に与えられた戦争ごっこ。だから他のスポーツと一線を画す。
やはり夏に行うのが正しいのだろう。戦争の記憶と共に見るべきものなのだ。
感動もバカバカしさもそして腐敗も、戦争や軍隊を想起させるリアルな教材と言える。
訳知り顔で戦争を語るより人より学徒兵達の戦いから学んだほうがよほどいい。