空転日記

はばかりながら はばかる

韓国人は謝らない

以前、韓国人女性と仕事をしたことがある。来日して3年くらいである程度日本語は話せたので日常会話は問題なかった。明確に目標があり強い意志を持ち努力を怠らない人であった。

その努力の裏には、日本でなんとしても一人前にならなければいけない、舐められてはいけない、という強迫観念のようなものが透けて見えた。したがって、仕事は頑張るが仲良くなりにくい人だった。

頑張る人なので仕事はできる。しかしたまに失敗はある。しかし彼女は絶対に謝らないのである。周りが悪かったなどとウソをついてでも自分は正しかったと言うのである。

そのころ日本人は謝りすぎるしあいまいで優柔不断だと自虐的に言われていたので、彼女の強さは仲間内では評価されていた。日本人もあのように強くないと国際社会で勝ち残れないとか、韓国人が持つ日本に対する複雑な感情からくるものだとか。そして韓国人に対する遠慮や、文化的な違いに寛容であることが好ましい態度であるとして考えることを放棄してしていた部分もあるだろう。

それから嵐のような韓流ブームがあり、その後、ネットを舞台に嫌韓ブームが起きた。そして今、日韓関係は最悪の局面に差し掛かっている。慰安婦、徴用工、竹島、さまざまな問題が膠着しているなか、自衛隊哨戒機に対するレーダー照射事件が発生した。船の捜索に火器管制レーダーの使用は考えられないし、危険な挑発行為なのだが、韓国は認めないだろう。

個々の問題について、どちらかが完全に間違っているとは言えないが、明らかに韓国側に非があることでも、韓国人は絶対に謝らない。いくら詰め寄っても、責任を転嫁し、日本のせいにしてでも自国の正しさを訴える。

これは多くの韓国人が持つ民族性なので、どうなるものでもない。日本人はそれを踏まえて、関わったり関わらないようにするべきだ。分かり合うとか理解し合うのは無理である。理性という言葉は韓国にはないようだ。

多くの韓国人は嘘つきで謝らないし、それを悪い事は思わない独自の文化を持っている。これは差別やヘイトではない。単なる事実である。そのような人たちの存在を認めることも、多様性の一つである。