空転日記

はばかりながら はばかる

呼名の問題 いじめから戦争まで

文部科学省が発表している「問題行動・不登校調査」の結果を見ると、2017年度に小中学校で認知したいじめの件数が過去最多だという。以前いじめを見過ごし自殺者が出たりした。その反動でちょっとした行動もいじめと断じカウントされたことも増加の理由だ。

この状態で、メディアが「いじめ」を使用するのはやめたほうがいい。警察の介入が必要な傷害行為や恐喝行為など重大な犯罪から、ちょっとした仲間はずれや悪ふざけまでまとめて「いじめ」では本質が分からず対策のしようがない。

「いじめ」だけでなく呼び名は重要だ。

時代とともに自然と変化してゆく呼名はいいのだが、無理やり変えるとおかしくなることもある。たとえば「乞食」が消え「ホームレス」になった。そのときから職業となった。空き缶を拾って小銭にかえることも立派な職業だと子どもたちに教えなければならない。建前だが職業に貴賎はないとされるのだから。

「強姦」を「暴行」、「少女売春」を「援助交際」、と言い換えるのはなぜか。

大東亜戦争の呼び名も興味深い。ほとんどの場合「あの戦争」と呼ばれる。「あの戦争を語り継げ」だの「あの戦争の真実は」などというくせに、日清戦争か日露戦争か支那事変か、どの戦争を指しているか、はっきりさせない。まさか応仁の乱か。

「大東亜戦争」だとなんとなく古臭くて軍国主義で右翼っぽいし、「太平洋戦争」では、名付け親の米国に従属している感じでイヤ、といったところか。それで「あの戦争」を使ってみたら、知的で洗練された感じがするので、これだとみんな使い始めたんだろう。僕は戦争した区域がほとんど東アジアだから「大東亜戦争」でいいと思う。それぞれ好きに呼べばいい。一部の識者が「十五年戦争」と言おうとしたこともあったはずだ。ただ「あの戦争」では逃げている感じがして説得力はない。

 メディアは、自主規制なのか人権への配慮なのか独自ルールなのか分からないが、横並びで言葉を勝手にいじくるのはやめたようがいい。おおむね世の中のためにならないからだ。