空転日記

はばかりながら はばかる

教育委員会と児童相談所への批判は当然だけど

また痛ましい事件が起きた。千葉県野田市で小学校4年の女児が自宅浴室で死亡し、警察は父親を傷害容疑で逮捕した。父親が女児に対し虐待をし死亡させたとみられる。

後日母親も暴行に関与したとして逮捕した。しかし父親は母親に対してもドメスティックバイオレンスを行なっていたという。この母親は自分に対する夫の暴力がこんどは娘に向かうことをどう思って見ていたのだろう?警察は母親が自殺する可能性を考慮して逮捕に踏み切ったのだろうか。

もっとも際立つのは父親の残虐さである。写真をみると優しそうなインテリ風で、実の娘を虐待するなんて信じられない印象である。どうしても「サイコパス」という言葉が連想される。

 

今回の事件については教育委員会や児童相談所の対応も問題視されている。教育委員会は女児が書いたいじめに関するアンケートのコピーを父親に渡してしまった。そのアンケートは父親の暴力を告発する内容であった。それを読んだ父親は女児によりひどく接しただろうと想像できる。父親はアンケートを見せろと担当者を恫喝したという。

児童相談所も父親から虐待されている疑いがあるとして女児を一時保護しておきながら、父親が女児に書かせたウソの手紙を見せられ保護を解除し、両親との同居を認めてしまう。

周りの大人はSOSを見ることなく、いや見ないことにし、そして女児は父親に殺された。

教育委員会も児童相談所も批判されるのは当然であり、報道もそれら一色である。

 

そもそも教育委員会は退職した教員の天下り先で、既得権益の塊というべき組織である。その地域の教員の人事を担っているので「ウチの子をよろしく」といくらか包めば、めでたく教員は世襲制である。潤沢な退職金を子のために投資するのである。そんな教育委員会なんかに期待するだけ無駄である。

 

児童相談所だってそうだ。ただのお役所の1部門である。教育や福祉なんて知らない公務員が運営しているのである。専門家がいないので虐待の抑止なんてできやしない。親がしおらしく頭を下げたりしたら信じてしまう事なかれ主義である。

まして教育委員会と児童相談所がきちんと連携をとってことに当たるなんて、できるわけがない。

 

教育委員会と児童相談所への批判があふれるのは当然ではいえ、そればかりなのは違和感がある。死んだ女児の周りには他のの大人もいたはずだ。学校の先生や親戚、ご近所。異常を感知していなかったのか。

死んだ女児を思うとつらくなる。家庭に縛り付けられ逃げることもかなわなかったと想像できる。そして助けてくれない周りの大人たちを恨んで死んでいったのだろう。

 

こういう事件を抑止するためには犯罪の厳罰化と関係機関の権限強化そして警察との連携が必要である。そして疑わしい場合は親の権利を踏みにじっても子供を守らなければならない。現代の希薄な人間関係を考えるとこのようにするしかないだろう。

人事互助会でしかない教育委員会は廃止してよい。