空転日記

はばかりながら はばかる

平成は「破壊」の時代であった

平成が終わる。

高校に入学したのが平成元年だったので、その始まりは強く印象に残っている。そして平成を振り返ると、つくづく「破壊」の時代だったと思う。

まずは経済の「破壊」。

高校生の時にバブルが弾け、大学では就職氷河期で、いくつかの大企業はダメになった。それからはリストラの嵐である。僕の世代は好景気なんかしらない。不景気が当たり前だったのでバブルなんか羨ましくもない。その「破壊」は今でも続き、まさか東芝が傾くなんて想像できなかったことが起きている。

そして安全の「破壊」。

社会人一年目に、阪神大震災と地下鉄サリン事件があった。まさに世紀末の始まりであった。その後もさまざまな天災、人災が列島を襲った。きわめつけは東日本大震災、そして原発事故だろう。安全なんかないと思い知らされた。

最後に価値観の「破壊」。

まず昭和の時代は憲法改正なんて考えられなかった。中国は危険なまでに膨張し、東アジア情勢はきな臭くなってきて憲法改正はタブー視されることなく議論されている。自衛隊も存在感を増し、以前は考えられなかった空母保有まで計画されている。

昭和の時代に国民を覆っていた、薄甘い理想論的左翼思想は一掃され、現実主義が台頭してきた。そして情報を独占してきた新聞やテレビなどの巨大メディアが、インターネットに取って代わられた。

日本が戦後築いてきたレジームや経済が、平成の30年間で「破壊」されたのである。

次は「再生」の時代になり、多少の混乱を経て、普通の国に生まれ変わるんだろう。その変化にすこしワクワクしながら期待している自分がいるのである。これは平成を通して不遇と言われる僕らロスジェネ世代のうっぷんを晴らすためではない。