射手座の魂

はばかりながら はばかる 虚言・妄言・独り言を少々たしなみます

我々はどこで道を間違えたのか。一億総働きバチへ

タイムマシンで未来に行くとセワシくんはいつもヒマそうだった気がする。
ドラえもんの話である。家事や労働はロボットがやってくれるから人間はヒマになる。その分学問や文化芸術活動などに専念できる。これがかつて夢見ていた未来像である。その未来を通り越した2021年の現在、予想とはずいぶん違う未来になってしまった。車は空を飛ばないし、満員電車は相変わらずである。そしてロボットすら身近にはいない。
ロボットと言えば、ペッパー君は役立たずであった。2年前に書いた過去記事を再掲載してみる。もったいないので。時事ネタなので少々古いのですが。

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かつて労働は悪であった。労働から開放されることは人類の願いであり、科学はそれをかなえるべく発達するはずであった。
しかし今、労働は善になった。
進め一億火の玉だと働け働けの大号令である。
みんなで働いたら取り分は減るのだが、それについては不思議とだれも言わない。

障害者だって働かなくちゃならない。分身ロボットカフェというものがあり、障害者が働けるよう新しい環境を提供している。その意義は認めつつ、同じく2年前の過去記事を再掲載してみる。もったいないので。

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考えてみれば、障害者は社会全体で支えるから無理して働かなくても良いというのが、本来目指していた理想の社会ではないのか。
確かに労働に生きがいを見出すことは良いことだし、怠けりゃいいというものでもない。ただ、働け働けとせかされ「生涯現役」を押し付けられている感じがするのである。得をするのは結局社会保険庁ではないのか。

多様性の観点からも疑問である。「ニートこそ人類の最終進化形態だ!」と言う人がいてもいいと思うのだが、まったくいない。

そんなことを言いながら僕も働かなくなったら終わりだなあと考えている。
うーんいいように使われてる?